3)手術(腹式単純子宮全摘出、両側付属器切除、大網切除)

私の手術は、2000/3/27に行われた。入院から13日経過していた。迅速病理の結果、悪性腫瘍とわかり、2つの卵巣、子宮、大網(脂肪膜)を摘出した。外側の傷は、おへそをくるっと迂回して、ホチキスが35針止まっていた。

手術後、私はまだ麻酔でもうろうとしているとき、母、義父、夫が先生から説明を受けたと言う。病名は卵巣がんだったということ、全摘出手術をしたこと、今後化学療法を行うが、抗がん剤が効かなかった場合、延命治療になることを聞いたらしい。

夫はひざがふるえたという。
延命治療の可能性だけは、私が知ったのはその後リンパ節転移がないことを確認してからである。
最初の段階で知らなくて良かったと思った。

2週間後の正式病理結果は、夫と二人ではなしを聞いた。
卵巣がんというのはとても種類が多いものらしい。
私の腫瘍は胎児性腫瘍で、扁平上皮という種類のもので、抗がん剤が効き難いものだと説明された。
このとき私は卵巣で子宮外妊娠をしたのかと思っていたが、後に男の人でも胎児性腫瘍のがんになると聞き、そうではないらしいとわかった。

今後の治療として、手術の3週間後から化学療法を3週間1セットで3セットを行い、その後リンパ節切除手術を行うこと。その手術で転移状況により、さらに化学療法を3~6セット行うことを告げられた。
最悪のパターンでは今年一杯かかってしまうことになる。
それから化学療法で使用される薬の効果と副作用について説明を受けた。
私のがんのタイプに合わせて先生がプランしてくれたものだ。

薬の効果と副作用についてのくわしいリストは次章「抗がん剤による化学療法」にまとめる。
手術後は、痛み止めによる全身のかゆみ、お腹の痛みや排便時の苦しみなどに悩まされつつ、過ごす。
それから10日くらい経った頃、2000/4/6~9(日)まで外泊が許可された。
久しぶりに我が家で眠り、4/8にはタクシーで新宿御苑へお花見に行った。

桜の下で撮ってもらった家族3人の写真は、長らく私のベッドサイドを飾ることになる。
こんなにうれしかったお花見は生まれてはじめてだった。この日のことは、永遠にわすれないだろう。

また、この外泊中にこれから始まる抗がん剤治療に備えて、髪を切ることにした。
私の髪はレイヤーが入っているセミロングだった。抜けると始末が大変だと聞いていたので、切ることにしたのだが、おかっぱのようにした。
少年のようにカットしようと思っていたのだが、どうしても、そうすることができなくて、いつものマスターに「あごのラインまでで切って下さい」と頼んだ。

その後、先生の方で治療方針を固める間、自宅へ帰ってよいといわれ、4/11からまた戻る。2日めになって、なんだかお腹が痛いし、張れてるような気がして、不安になる。
夫もがんが転移してるんじゃないか? 、死んじゃうんじゃないか、と怖くなってくる。
次の日、主治医に電話して、痛みと腫れが不安だと訴えると、そんな簡単に悪くなるわけないと不機嫌な口調で言われる。私はめげずに、「不安だから病院に帰って、見てもらいたい」と訴えると、「外来が終わった後、午後に見ます」と言われて、すごすごと病院へ帰った。

私は不安で胃痛まで引き起こしていたが、病院へ帰ったら安心できた。
おそらく家族も同感だろう。外泊できるのはうれしいが、家族に余計な心配をさせたのは失敗だった。

外泊中、夫が食事を作ってくれて、娘と3人で食べた。
こんなことが、こんなにも幸せなことだと今まで気が付かずにいたんだ。

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