本来の点滴予定の200/8/24~毎日抗生剤の点滴を受けることになる。この日、K1のアンディ・フグが白血病で急死する。35才、あんなに強靭な体力の持ち主が….信じられなかった。
8/25、一度下がったかに見えた熱がまたぶり返す。
下半身がだるく、お腹も痛い。右の足の付け根も痛い。
お小水や排便時、おしりも痛い。胸の動悸もする。自分の体がどうかなっちゃったみたいでイライラが続く。
次の日には注射針の刺し口がただれて、腫れ上がる。抗生剤が合わないみたいで、薬を変えてもらう。熱が38℃からなかなかさがらず、抗生剤もう一種類追加。
そうこうするうち、なんと主治医が1週間の夏休みに突入してしまった。
熱は下がらず、抗生剤で吐き気までするし、針穴は腫れ上がり2日ももたず、退院が目の前に思ってた私は、大きな壁にぶちあたってしまった。
気持ち悪いと訴えると、抗生剤を朝だけにしてもらい、その夜の吐き気は止まった。
8/31、娘の夏休みも最後になる。
「宿題終わった?」 と聞くと、「昨日終わった。」と言う。電話でしか言えないけど、「偉いね! 」と誉めた。
9/2、血液検査で炎症反応が治まったらしく、外泊許可が出る。
9/6、主治医から最後の一回の治療はやめましょうと告げられる。私は思わず「やったー!」と叫んだ。理由は、体のダメージが大きすぎるから。そのかわり駄目押しができなかったということになりますとくぎを刺された。
その後退院のための最終検査、レントゲン、心電図、呼吸器検査、CTなどをこなした。
9/13に退院指導、2000/9/15に晴れて退院することができた。
担当だった看護婦さんの明るい笑顔に見送られながら、病院を後にした。
ここまでが発病~入院~退院の入院治療編です。
私にとって入院治療編は、この闘病記のまだ前半、序曲にすぎません。本当に書きたいことはまだこれからです。
この一年は医者の管理下に置かれていて、やや受け身すぎてわけもわからず過ぎていってしまったように思います。
退院してからは、自分の健康管理はすべて自己管理になります。
後半は、自宅療養編とし、悩み、苦しんで、考え、行動し、自らを癒していった記録をつづります。
後半もどうかお付き合い下さいませ。
