手術した2000/3/27から約3ヶ月間、抗がん剤の点滴を3クール行ってきた。
最後の点滴が終わり、白血球も正常になってきた頃から、次の手術のための検査や貧血改善の鉄剤点滴などが始まる。
2度目の手術は、リンパ節の切除手術と説明された。
この手術の目的は、抗がん剤の効果の確認と、リンパ節への転移の有無の確認、再発予防である。ガンは腰のリンパ節に転移していると、そこから全身へ広がる可能性がある。したがってここで転移があるなしかが、重要なポイントとなる。
転移の有無によって、その後の化学療法の回数が決定される。なければあと3回、あったら6回が今のところの予定と言われる。
前回の手術のときもしたのだが、自分の血液を採血しておき、手術のとき輸血が必要なときに備えると言う。自己血というわけだが、他の人の血液を使われるより安心である。私は手術用に400ccの自己血を取られた。使わなかったら体に戻してくれるというからありがたい。
手術の前、最後の外泊をもらったときに、遺書を書いた。
私の代わりにやってほしいことを簡潔に書いた。
子どもへ伝えたいことをまだ十分伝えてないなと思うと、涙が出た。
病院に帰る日曜の夜、私は二人をぎゅっと抱きしめた。
手術の前日、夫と二人で手術の説明を受ける。
そのときに、娘も私と同じ病気になる可能性があると思うが、何歳くらいから検診を受ければよいのか、と聞く。
先生の答えは、膣内にエコーを入れられる年齢になってから、ということだった。
そうしないと卵巣の病気はわからないと言う。
そのときもう私がいなくても、夫に知らせるために聞いておいた。
2000/6/27、最初の手術からちょうど3ヶ月後に2度目の手術を行った。
今回の付き添いは夫だけに頼んだ。
最初に全身麻酔から目が覚めたとき、足の指をそっと動かしてみた。
動いた。
そのとき、終わったんだ、私生きてるんだと思った。
手術は約6時間くらいの長丁場で、術後集中治療室に一泊した。
のどがいがらっぽくてせきでたんを出したいが、せきこむと腹部が猛烈に痛む。一晩中ほとんど眠れない。腹部には2個所管がとおっていて、リンパ液が出ている。
体中、点滴や尿管やらでチューブ人間になっていた。
ホチキスを数えたら、50個くらいとまっていた。
管や点滴が少しずつ少なくなってきた、術後5日に、先生が「良い話です。」と病室に入ってきた。
「取り出したリンパ節に転移はなかったです。」
思わず「やったー!」と叫んで点滴棒を持ったまま電話をしまくった。
あとは、化学療法を3回受ければ、退院の文字が見えてきた。
