退院後の焦燥感

入院治療編で結んだとおり、私は半年暮らした病院から2000/09/15に退院をした。

リビングの隣の和室に布団を敷き、疲れたらすぐ横になれるようにしながら、日常の家事をこなしていくようにした。ヘルパーさんも帰宅して2回ほどで終わりにしてもらった。
主治医から足は無理に運動するとむくむから、少しずつ行動を広げるようにと言われていた。買い物もなるべく近所ですませ、夕食の材料は宅配を頼んでいた。

退院時に渡された薬は、便秘用(腸閉塞予防)の薬のみで、抗がん剤の飲み薬はなかった。そこで私は入院中に飲んでいた、水溶性キトサンだけはしばらく続けることにした。
そしてそれからがんに関する本を手当たり次第読み漁った。いつのまにか家にもずいぶん溜まっていたし、本屋で立ち読みしたりTV、雑誌、新聞、インターネットなどむさぼり読んだ。

とくにインターネットでは、卵巣ガンの体験者のサイトを探したが、子宮がん、乳がん、他の婦人病に対して、極端に少ないことに気が付いた。最初に思ったのは、卵巣ガンは婦人科のがんの中でも、一番重く、死亡率が高いからかな~ということだった。でも、だからこそ、サバイバーがいるはずだ、その克服体験は貴重なものだと思った。
私は病院で知り合った仲間と並行して、ネットを通じてコミュニケーションできる仲間を探しはじめた。と同時に自分の体験を主に日記に残してきたものをベースに、闘病記のサイトオープンの準備を始めた。

このころの私はなにか、抜け殻のようでした。
なにか、しがみつくものを必死で探していたのかもしれません。

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