退院当時、私は仕事を休職していたので、傷病手当の書類を2ヶ月毎に書いてだしていた。本当は1ヶ月おきらしいのだが、なるべく医師の証明も事務の人の手間をかけたくないと思っていた。そしてこれから仕事をどうするべきかという問題が、頭から離れなかった。
休職は私の会社の規定では、1年半まで。すなわち健康保険の傷病手当が1年半まで出ることに由来している。休職スタートは2000/03/14なので、2001/09/14までが猶予期間だった。しかし、4月を迎えればまた新人が入ってくる。去年の新人さえろくに知らないのに。
とにかく私は生活を立て直すために、計画をたてて、少しずつ実行にうつすことにした。一番大事なことは、自分と家族の健康管理。食事、衛生などに力を入れることにした。また、仕事をやめる可能性に備えて、収入、支出、貯蓄の把握とライフプラン作りを始めた。
退院1ヶ月の症状は、入院治療編にも書いたが、手足のしびれや脱毛、排尿時の痛みや無気力があった。やることメモを前に、パソコンへ向かうのだが、マインスイパーを何時間もやるということが続いた。
いつ地雷を踏むか、踏んだら爆発する。
それはその頃の私の心理状態をよくあらわしてると思う。入院してたころより、退院してからの方が、心理的に辛かった。
自由になれたはずなのに、見えない糸にしばられている。自分をしばっているのはたぶん自分で、自分を自由にできるのも自分なのだろう。
体にいいことをやらなきゃいけないと思いつつ、食事制限で好きなものが食べられず、ストレスになっていた。
「楽しいことがない。今まで何が楽しかったか、忘れてしまった。」十月の日記より
気力が出ない、あせってるのにぼんやりしている。
くだらないことで時間をつぶしていて、あとで自己嫌悪になってる。
(このうつ状態の心理から私が何をどうしてきたか、これから紹介したい)
